プロフィール

はじめまして、森山一花(もりやまいちか)です。

初めて私のことを知ってくださった方もいらっしゃると思うので、自己紹介させてください。

 

私はマイペースな夫とニコニコ笑顔いっぱいの0歳の娘と
3人で平凡ながらも幸せに暮らしています。

本業は、法律関係の会社に10年以上勤務しているアラフォーOLですが
現在は育児休業中です。

そしてインターネットを使って自分の代わりに働いてくれる仕組み作りを始めました。

 

忘れもしない夫の誕生日にコッソリと(笑)
インターネットを使ったビジネスを学ぶコミュニティに参加を決意し、入会したんです。

そして翌月には初めての売り上げを作ることができました。

 

 

育休中の職場は、仕事自体はとても楽しかったのですが
女性というだけで評価してもらえず、10年働いても手取り17万でした。

そしてずっと漠然とした将来の不安を抱えていたんです。

 

仕事量はどんどん増えるのに給料はほとんど上がらない。

大切なことは男性だけのミーティングで決めてしまわれる現状に
ウンザリしていました。

 

バタバタイライラの毎日。

産休に入っても、不安に押しつぶされそうなときがありました。

 

そんな私の今の日常はこんな感じです。

  • 寝て朝起きたら売り上げ発生
  • 心が穏やかになって家族全員の笑顔が増えた
  • 嫌なことがあっても、ニヤリとしながらブログのネタへ
  • がんばればがんばるほど成果がでて実感できる
  • 過去の経験全てが生かせて仕事ができる
  • 信頼でき本音で語れる仲間ができた
  • 家事・育児に積極的に取り組み、私を応援してくれる夫が更に好きになり
    お互いに向上しあえる会話ができるようになって夫婦関係良好
  • 年収億単位の人に実際に会って話を聞いて、あらゆる物事の価値観が変わった
  • ブログやメルマガを通じて感謝の言葉をいただけて泣けるほど嬉しい
  • ネット上に自分の資産を作り上げている感覚がただただ楽しい
  • 漠然とした不安が解消して、明るい未来が描けるようになった

 

 

ビジネスの経験など皆無で、メルカリで不要品を売ることすらできなかった私が
たった数ヶ月で激変して自分でビックリしてしまいます(笑)

 

私は、がんばればがんばるほど評価してもらえると思っていた仕事で
どれだけやっても報われないことがわかったとき、
こんな自分が輝ける場所はどこだろう?って自分探しだけは熱心にしていました。

 

5年以上です。ながっ(笑)

 

それでも見つからず転職も考えましたが
妊娠を望んでいたため、新たな職場に迷惑はかけられないと考え
とりあえず我慢しようと思いました。

毎月一定のお給料がもらえて、職場にイジメもなく
テレビで話題になるほどのブラック企業でもなければ、それでいいじゃないか
完璧な職場なんてないし、みんな何かしら我慢してるんだし!って思いました。

 

そして妊娠。

経営者から言われたことは
「定年までどれだけ頑張っても上げられるお給料はあと1万円」でした。

 

正直、もう辞めたかったです。

給料は上がらなくても、残業代が出なくても真面目に仕事に取り組み続けました。
前向きに頑張っていればいつか報われると思ってました。

 

甘かったです。

一切評価されることはありませんでした。
そしてもう使えないと思った社員は、こんな扱いを受けるんだなって思い知りました。

 

ただ私はそれでもこの職場にしがみつきました。

理由は、夫の給料だけでは生活が苦しかったから。

全ては穏やかな妊娠・育児ライフのために、私は育児休業という道を選びました。

 

ライフステージが変わるにつれて、漠然とした将来の不安が更に膨らんでいきました。

この職場で、家事・育児・仕事全てこなせるのか?って。

 

そもそもそんな宣言をされている会社でがんばる気力が湧きません。

それでも生活のためだと割り切って職場復帰したとしても
自宅から職場まで電車で約1時間かかります。

フルタイムで働いていたときは、朝7時に家を出て夜20時に帰宅。

 

仕事が充実していれば、多少大変でも
娘を笑顔で保育園へ迎えにいくイメージができました。

ただやってもやっても報われず、仕事量だけ増えて給料が変わらない現実。

そして定年までどれだけ頑張っても1万円という言葉がよぎります。

 

 

近場で転職しようか?

でもできれば2人目も欲しいから、新しい職場に迷惑をかける訳にはいかない。

 

どうしたらいいだろう?って考え、調べ続けました。

 

そしてようやく見つけたのがインターネットを使ってパソコン一台でできるお仕事でした。
その世界の住人たちは、こんな生活を送っていたんです。

  • 起きる時間は自由に決める
  • 満員電車に乗らずに好きなときに好きな場所で仕事する
  • ケーキを食べている間に20万の売り上げ発生
  • 心の余裕ができるので、イライラすることなく穏やかに生活している
  • 気の使う飲み会に参加せず、大切な人のためだけに時間を使っている
  • パソコン一台で人から感謝され、やりがいを感じながら充実した毎日を過ごしている
  • がんばったらがんばった分、収入が増えて豊かな生活を送っている

 

怪しさ満載の世界ですよね(笑)

でもそこには希望がありました。もしかしたら人生を変えられるかもしれない。

 

 

勇気を出して怪しい世界に一歩踏み出し、学んで実践してみたら
あれだけ探しても見つからなかった自分の居場所がありました。

  • 外見や学歴関係なく、がんばったらがんばった分だけ報われる場所
  • 自分を必要とし、評価して認めてもらえる場所
  • やりがい・成長・信頼・感謝・人の役に立っていることが感じられる場所

 

 

そしていろんなことにチャレンジしながら収入を増やしている最中です。

少しずつ自信が身について毎日が楽しくなり
諦めかけていた人生が輝きだしたって感じです^^

何よりかけがえのない家族との大切な時間を
最優先にできる働き方を知ることができて、希望が持てています。

 

ありがたいことに人に恵まれ、今まで出逢ったことのない素晴らしい成功者の考え方などを
直接聞かせてもらう貴重な経験もさせてもらっています。

そんな素晴らしい成功者の考え方や私の人生で学んできた全てを
このブログで公開していきます。

 

将来が不安だらけだった私が少しずつ変われているように
あなたの人生が豊かでイキイキ輝く未来のきっかけになれば嬉しいです。

 

このような情報を公開していく上で
私の過去の物語を共有するとより理解していただきやすいと思います。

こちらから私の過去の物語にお付き合いください。

 

 

小学生〜我慢強いお姉ちゃん

当時では珍しい共働き家庭で鍵っ子だった私は
小学生の低学年の時は、1人ぼっちで母親と弟が帰ってくるのを待っていました。

 

共働き家庭の我が家は、あまり家も整頓されておらず
友達を家に呼ぶ気になりませんでした。

「おかえり」と言ってくれるお母さんがいる家が
羨ましくて、遊びに行く気にもなれませんでした。

 

たまに遊びに行ったり、近所に住んでいたおばあちゃんが
様子を見にきてくれることはありましたが、

テレビを見たりゲームをしたりして大半を家で1人で過ごします。

 

雷が鳴って怖くてどうしようもなかったとき
仏間に逃げ込んで震えながら過ごしたときもありました。

でも、母親が帰ってきたら笑顔で何事もなかったかのように
玄関に走って出迎えに行きました。

 

だって「お姉ちゃん」だから。

いつもこの言葉で自分を奮い立たせました。

 

ある日、近所のおばあちゃん宅に遊びに行こうと
家の前の道路を横断したら、車と接触しました。

かなり足が痛かったんですが、
「大丈夫!」と言って走っておばあちゃん宅に行きました。

でもあまりに足が痛くて、おばあちゃん宅に入る前にかがみ込んでしまいました。

パッと足を見たら靴から血が滲んでいました。

血を見た瞬間に泣けてきました。

 

すると、事故相手と話を終えた両親が追いかけてきました。

泣き言を言ってはいけない。

しっかりしないといけない。

こんなときですらそう思いました。でも涙が止まりませんでした。

 

急いで病院に連れて行かれ、診察してもらったら

小指の骨にヒビが入っていました。

 

毎日遅くまで仕事をして疲れて帰ってくる両親を心配させてはいけない。

大人しくニコニコしながら大人の顔色を伺う我慢強いお姉ちゃんでした。

 

中学生〜外見コンプレックススタート&ブスの初恋

小学生の高学年からバレーボールをやり
中学ではバスケットボール部に入り、毎日遅くまで練習していました。

 

そして外見コンプレックスがスタートする出来事が中1のときに起こりました。

 

クラスの男子が、女子のランキングをつけて盛り上がっていたのです。

そしてクラスの1番人気の男の子の番になりました。

みんな興味津々で大注目です。

何と私の名前を口にしました。

「えぇ!!アイツ、ブスやん!!」
と大きな声で言う男子1名。
(この失礼なヤツの名前だけはハッキリ覚えている・・)

こっちにまる聞こえやわ!!怒
と思いながらも、聞こえていないフリをしていました。

 

そしてこの時に初めて「私はブスだったんだ」と自覚するようになりました。

 

しかしそんな外見コンプレックスを抱えながらも好きな人ができました。

自分に全く自信もなく、恥ずかしい気持ちもあり
バレンタインチョコを直接渡せず、カバンの中に入れて逃げ帰りました。

そして翌月、バレンタインチョコのお返しをホワイトデーにいただいてしまったのです!

天に登る気持ちで調子に乗り告白したら、お見事撃沈!

義理チョコならぬ義理返しだったらしい。

汗臭い部室でみんなに慰められながら嗚咽するほど泣きました。

 

そこまで泣いたのは、振られるなんて微塵も思っていなかったんですね。

そうです、外見コンプレックスを抱えていながらも
私はそれを素直に認められなかったんです。

こんな私がブスな訳ない!って思っていたと思います。
恥ずかしい・・・。

プライドだけは妙に高い厄介な人でした。

 

高校生〜神様は不公平だと思った

同じバスケ部の先輩に誘われ、憧れの先輩もいる高校に無事入学。

中学のときと同じく、毎日部活に没頭する日々でした。

高校の部活の先生は、今なら問題になるような先生で普通に暴力三昧でした。

私は頭を叩かれたり、ビンタをされる程度でしたが
コートの端から端までお腹を殴られていた先輩もいます。

このときは強くなるためにはこれぐらい必要なことなんだ!って思っていました。

 

ある日、突然母の入院が決まりました。

家事と勉強と部活の両立は私には荷が重すぎました。

そして部活中に大怪我。膝の靭帯断裂です。
このままではバスケはできないと言われました。

レギュラー目前というときでした。

自分が着るはずだったユニフォームを奪われ毎日毎日泣きました。

私の方がずっと努力してたし、私の方が上手いのに
どうしてあの子が試合に出てるの!?

悔しくて納得できませんでした。

手術してリハビリし
完全にレギュラーというところまではいきませんでしたが
試合に出してもらえるまで復活することができました。

ただ最後まで悔しい思いが残りました。

 

そして検査入院をしただけの母が
余命宣告された話を父に聞かされました。

治療に莫大な医療費がかかっていたそうで
就職してくれないかと言ってきました。

母の余命は3ヶ月と宣告されたそうですが
それでも父は諦めずに治療を続けたいと。

 

また毎日泣きました。

でも母は余命宣告されていることを知りません。

母の前ではいつも通り明るく振舞わねば!と
笑顔で接し続けました。

私も治療費のお手伝いをしたいと思いながらも、進学校は就職という選択はできず
短大だけ行かせてもらうことになりました。

 

毎日泣きながら、母や進路のことを考えているのに
チャラチャラ恋愛の話ばかりする人が大嫌いでした。

いや、本当は羨ましかったんでしょうね。

こんなに頑張ってるのに何で私ばっかり・・ってどんどん卑屈になっていきました。

 

 

短大生〜度胸と脂肪と愛国精神を会得

母の治療は上手くいき、奇跡的な回復をみせ
家族全員一安心していました。

友達はサークルやら合コンやらに明け暮れている間、私はひたすらバイト三昧。

母の治療費の必要はなくなり、再発の可能性も低くなったので
どうしても海外留学したかったからです。

夢は叶い、ニュージーランドに1ヶ月半だけの短期留学。

 

そしてまた外見コンプレックスが炸裂します。

学校には中国などいろんな国から留学生が集まっていましたが
声をかけられるのは、可愛い子のみ。

私は見向きもされません。

そこでもプライドだけは高いので、外人は見る目ないなって真剣に思っていました(苦笑)

しかし拗ねた私は食い気に走りました。

短期間過ぎて語学力は、さほどつきませんでしたが
得られたことは、どうにでもなるという度胸と自分は日本が大好きだという気持ち。

そしてたった1ヶ月半で5キロも蓄えた脂肪でした(爆)

 

念願の夢が叶ったところで、就職活動開始。

短期留学をすることによって海外に更に興味が湧くのではと思っていたのですが
もう満足してしまっている自分がいました(苦笑)

 

本当に残念ですが、当時何にも考えておらず
誰でも知っていて、そこそこお給料がよく、家から近い会社。

就職課の人にこんな希望を伝え、氷河期にも関わらず
運よく3社目で内定をいただき、就職することになるのです。

 

大手金融機関〜ブスの役割・学歴コンプレックスの誕生

求人では営業事務って書いていたので
事務だとすっかり勘違いし入社したのですが、ガッツリ営業職でした。

同期は私含め3名だったのですが、私以外の2人は絶世の美女でした。。。

何で私だったんだろう?ってそのときばかりは
素直に疑問を持ちました。

そして面接されていた方にコッソリ聞きに行きました。

「支店長の趣味よ!でも大丈夫!!
実力で受かったのはあなただけよ。」

喜んでいいのかわかりませんでした。。。

 

しかしここで自分の立場を把握したつもりです。

そしてようやくこのタイミングで自分がブスだと受け入れました。

美人同期と同じことしてても絶対にダメだと急に思い立ちました。

支店長にお気に入りの美人同期たちは
ニコニコしているだけでOKですが、私は違うのです。

ちゃんと自分の役割を全うした上で、仕事も必死にやらねばなりません。

会社の飲み会では、美人同期は支店長の横でお酌をするのみでしたが
私は必死に盛り上げました。

社員旅行の新人芸では
美人同期はセクシーなチャイナ服とミニのメイド服でしたが
私は、同期のおじいちゃんの肌着とハゲヅラをつけて笑いをとりにいきました(笑)

 

おかげで?先輩たちには可愛がってもらいました。

上司にもお前はちゃんと自分の役割をわかっているなと
お褒めの言葉をいただきました。

 

また、可愛がってもらった先輩たちには
多くの合コンに連れていっていただきましたが

そこでも求められることは当然場を盛り上げること。

 

出逢いなんて考えることはありません。
考えていたのは、私の役割を全うすることのみ。

ただ会社の飲み会や合コンの後はいつも
「私は何をやってるんだろう・・・」とグッタリしていました。

 

そして社会人になって初めて
学歴コンプレックスというものを味わいます。

全国に支店がある大企業だったので、新人研修は東京の研修施設で行われます。

研修に始めて参加したときのこと。

みんな聞いてくるのは出身大学でした。

 

たまたま私がいたグループの人だけかもしれませんが
慶應・早稲田・上智じゃないと友達になりたくないって人たちでした。

その人たちの価値観がよくわからなかったのですが、
国公立大学出身者も認めず、私のような短大出身者なんて論外でした。

話して気が合うかどうかではなく
出身大学だけで判断するっていう人たちに初めて出会い
こういう価値観もあるんだと衝撃を受けました。

そして私はまた新たなコンプレックスが芽生えてしまい、
研修では隅っこでなるべく目立たないように過ごしました。

 

ただ仕事は一生懸命だったので
同期の誰よりも早く窓口を卒業し、個人を担当する営業をすることになりました。

仕事は外見なんて関係ない!努力した者が報われる世界だ!!って思いました。

そしていつの間にか300人以上のお客様と
50億以上の資産を預かる担当者となっていきました。

あらゆる業種の富裕層の方とお会いし、
お話を聞かせてもらえることが楽しくて仕方ありませんでした。

 

ただ営業としては致命的ですが
お話を聞いたり話したりするのは大好きなのに商品提案が苦手になってきたのです。

次から次へと新商品が出てきて、その商品毎にノルマがあります。

本当にこれは良い商品だ!と思うものだけ提案したらいいという訳ではありません。

 

気のいいお客様ばかりで

「森山さんの好きなようにしておいて」

と、提案すれば何でも商品を買ってもらえました。

 

お客様に幸せになって欲しいのに、自分のノルマをこなすために
利用しているような気がしてきたのです。

確実に儲けられるか
そうでないかなんて私にわかるはずもないのに

私の提案で大きく損をさせてしまったお客様をきっかけとして、
提案するのがどんどん怖くなっていきました。

 

そして組合のブラックリストに載っているという伝説の極悪上司の部下となるのです。

毎日2時間立ちっぱなしで指導され、毎朝あらゆる指数を暗記しているか確認されます。

毎朝7時に出勤し、何を聞かれても答えられるように
指数をノートに書き殴るという何とも虚しくなる作業をしていました。

 

2人ほど体調がおかしくなって入院しました。

私は、2時間立ちっぱなしで指導を受けている間

「今日の晩御飯何かな・・・」

ってずっと考えていたのでまだ無事でいられました(笑)

 

でも段々と精神的におかしくなってきているのがわかり
毎朝ユウウツで、日経新聞を読むのも嫌になりました。

顔に謎のブツブツもできました。

そして会社の前の横断歩道を渡るときに

「誰か車でひいてくれないかな・・・」

と思っている自分がヤバイ!と気づき、5年半で退職することになりました。

 

失業期間〜ほぼウツ状態

退職してからずっと家にいました。

本当に何にもやる気が起きませんでした。
何をしていいのかもわかりませんでした。

病院に行っていたら、軽度の精神疾患と診断されていたかもしれません。

 

毎日何をしていたかも記憶にありませんが
ご飯だけはしっかり食べていました(笑)

多分、寝て起きて、テレビを見て犬の散歩をする程度だったと思います。

そんなことを3ヶ月程度やったら、いい加減飽きてきて
そろそろ何かしようという気になってきました。

 

ブスで学歴もないヤツが
仕事もせずに親に依存するなんて最悪!!
と、急に思うようになりました。

こういう時はコンプレックスが役に立ったんですね(笑)

 

もう人と関わることはしたくなかったので

事務職をするにはどうしたらいいのか、ハローワークで相談したところ
職業訓練を勧められて通うことにしました。

そして自分がやりたいことって何だろう?って前向きに考えられるようになってきました。

 

事務職へ転職〜絶対に結婚式はしない!

昔からの憧れがブライダル業界でした。

アルバイトで少しだけ関わったことがあったのですが

あの華やかな業界をのぞいてみたいという好奇心が強く、

偶然ハウスウエディングを運営している会社で事務職を募集されていたので
応募したら見事合格。

無事潜入できました。

 

すると、スタッフの裏の顔が見えてきました。

カメラマンさんや動画を編集する人たちが
「今日の新婦さんは美人だから、やりやすい!」

「どんな写真撮っても絵になる!」

とか外見の話になるのです。

ただ残念な新婦さんだったとしても、そこはプロ!
絶対に新婦さんの外見に関しての愚痴は聞いたことがありません。

そこをどう綺麗に撮るか?っていうのが腕の見せどころだからです。

 

このとき、決めました。

奇跡的に結婚できたとしても、絶対に結婚式はしない。

だって、カメラマンさんを恐ろしく困らせてしまうもの(泣)
というとんでもないネガティブな思考となるのでした。

 

そしてスキルよりも体力勝負のこの仕事は
長年続けられる仕事ではないと判断し、1年で退職を決意しました。

 

法律関係の仕事へ〜露骨すぎる男女差別

専門性の高い事務と接客ができる法律関係の会社に転職しました。

小さな会社なので、あらゆる仕事がありましたが
雑用ばかりでなく、自分が成長できることが感じられました。

すぐに担当をもたせてもらえましたが、知らないことばかりだったので
質問されても何のことかさっぱりわからず、必死に調べまくって対応する日々でした。

大変でしたが、充実感がありました。

 

少しずつお客様と信頼関係が深まり
毎日の積み重ねが身についてきている実感がありました。

始発に乗って終電で帰るようになって残業代が支払われなくても、
仕事に夢中だったのでそれでも全く問題ありませんでした。

 

しかしながらこの会社には
前向きに仕事をしている女性がいないという現状に少しずつ気づき始めるのです。

 

なぜなら女性の給料はほとんど上がらない会社だったからです。

入社3年目のとき、男性新入社員と同額のお給料だと
知ったときに経営者に確認したことがあります。

 

ごまかされ続けましたが、とことん追求した結果わかった経営者の方針とは

男性は外で戦う生き物、女性は家庭を守る生き物、
女性はいずれ仕事より家庭を優先させる生き物だから給料は上げないのだそうです。

 

経営者は当時40代の男性。

いまどきこんな人いるんだと愕然としました。

続々とこの事実に気づいた女性社員は辞めていき、私も辞めようか悩みました。

 

しかし私はこの会社にとどまる決断をしました。

いろいろ理由はあるのですが
最大の理由は、成長できて仕事が楽しかったから。

良いお客様に恵まれていたということもあります。

あとなぜか、逃げたら負けのような気がしたのです。

 

こうなったらここで学べることを全部吸収して
余裕で転職できる経験を積んでから辞めてやろう!

泣いて引きとめられるくらいの存在になってやる!と決意しました。

とはいえ、漠然とした将来の不安を抱え始めました。

 

それからできる限りのことはやってきて
お客様からは「うちの会社に来ないか?」と誘われるようになってきました。

でもその誘いに応じたら、経営者がその会社に
何を要求するかわかりません。

それも怖かったですし、私自身が踏み出す勇気もありませんでした。

 

そして相変わらず、会社の評価は全く上がりません。

 

そのうち男性社員が増えてきて
大事なことは男性だけ集めてミーティングして決められるようになりました。

男性社員の給料だけがグングン上がっていることも聞きました。

 

その状況はやっぱり悔しくて、キラキラしている起業女子に憧れて
あらゆるセミナーを受けに行って、自分探しを続けました。

でも自分が得意なこと、自分が好きなことがわからず
結局、何も踏み出すことができませんでした。

 

それでも一切仕事の手を抜くことはなく
自分がやれることは一生懸命やってきました。真面目だけが取り柄です。

 

しかしふと漠然と抱えていた不安が顔を出しました。

父は定年を迎え、母ももうすぐ定年を迎えます。

私の収入で両親を養うことができるだろうか。

まあ年金があるから大丈夫か。でも元気でいててくれる間はいいけど
両親がいなくなったら、私どうなるんだろう。

給料は上がらないし、退職金もありません。

がむしゃらに頑張っていたときは気にならなかったことが気になり始めたんです。

 

気がつけば30歳過ぎて彼氏もおらず、自分探しに投資し過ぎて
貯金の残高も少なくなっていました。

 

30代前半で、女性としての幸せ・お金・自信・夢
私には何もない・・・(泣)

 

そんなときふと、「孤独死」のニュースを見かけました。

私、このままじゃ「孤独死」まっしぐらなんじゃないの!?
となぜか急に焦り始め、婚活をスタートするのです。

 

とはいえ、私はずっと幸せな家庭に憧れていました。

口では「結婚なんてしてもしなくてもどっちでもいい」と言ってましたが
それは強がりだったと最近気付きました。

 

私はずっと結婚願望があったんです。

笑顔が溢れる明るい家庭。

ささやかなことでも笑いあえるそんな家庭が理想でした。

ただコンプレックスが強すぎて、こんな私を嫁にもらってくれる人なんて
いるわけないって思ってました。

だから、結婚願望を持っていることですら厚かましいことだと思い
人に話すこともできなかったんです。

将来の夢は「お嫁さん」と素直に言える子が羨ましかったです。

 

そして、ただただ奇跡としか思えませんが
こんな私を大切にしてくれる夫と巡り会うことができ、結婚となりました。

35歳で結婚した私は、すぐにでも妊娠を望んでいましたが
ラブラブな新婚生活・・・とは言えませんでした。

 

毎日朝7時に家を出て、夜20時に帰宅。

ずっと実家暮らしだった私は、家事と仕事で精一杯でした。

おまけに経営者から国家資格の受験を促され、週1で通学しました。

平日は帰宅後、深夜まで勉強。

週末は通学。

家事にも慣れていないのに、仕事と勉強の両立は

かなりハードでしたが、見事合格!!



経営者から促した資格ゆえ、昇給に少々期待していました。



資格取得後から随分後の年1回の昇給月。

昇給額は1,000円でした(涙)

 

 

そして漠然とした不安を更に抱え始めます。

 

子どもできたら、どうなるんだろう?

 

不器用な私は、仕事・家事・育児の全てをこなせる自信がありませんでした。

残念ながら夫の収入だけでは経済的余裕がないため
専業主婦という選択肢はありません。

そんな不安を抱えながらも慌ただしい日常を過ごしました。

 

 

しばらくして待望の妊娠。

そして漠然としていた不安が少しずつ現実化し始めるのです。

 

まず例のあの宣言を経営者にされました。

「定年までどれだけ頑張っても上げられるお給料はあと1万円」

 

入社して10年。やりたかったこともやらせてもらって
知りたかった知識も吸収させてもらいました。思い残すことは何もありません。

ただこの言葉は何とも言えない複雑な気持ちになりました。

怒り、悔しい、寂しい、悲しい。

10年の頑張りを何にも評価してもらえず
私は役に立たない、価値がないって言われたのと同じだからです。

 

解雇通告とも思えるこの言葉に、お望み通り辞めてやりますよ!って言いたかったんですけど
残念なことに夫の収入だけで生活できるほど、家計に余裕はありませんでした。

法律関係の会社ゆえ、強引に辞めさせるようなことはしません。
辞めさせる方向にもっていくことはあっても・・です。

 

悔しかったですけど、私は国から支給されるお金を目当てに
会社にしがみつき、休業という選択をとりました。

散々仕事で取り扱ってきたので、休業中にどれくらいのお金が入るかは把握していたんです。

なので、休業中の収入の不安はありません。

 

問題はその後です。

 

片道1時間かかる通勤で短時間勤務をしたところで
フルタイムと同じくらいの時間をとられるのに給料はカットされます。

 

以前に短時間勤務をしていた同僚からは、時間は短くなっても
仕事量は変わらないから、家に持って帰って仕事していると聞いていました。

変わらぬ仕事量を必死でこなしているにも関わらず
給料もボーナスもカットされ、ボーナス支給日に号泣して
職場を去って行ったことも思い出しました。

 

職場復帰すると、当然保育料もかかります。

となると、私が働いて増える世帯収入は微々たるものです。

 

こんな状況で、子どもの教育資金の蓄えなんてできるのだろうか・・
そんな不安が押し寄せてきました。

 

同僚やお客様からは戻ってきて欲しいとありがたい言葉をかけてもらいましたが
そんな宣言を経営者にされているのに職場復帰は正直しづらいです。

 

また、私が育休中に職場の半数以上が同時に辞めるという事件が勃発しました。

よく話していた同僚は、みんないなくなりました。

退職した同僚からは、「復帰したら地獄ですよ」って言われました。

バタバタ・イライラの毎日が待ち受けていることは明らかです。

 

「職場復帰する=2人目の妊娠は諦める」

そんな決断になりそうな気がしました。

 

明るい未来の見えない会社で朝から晩までがむしゃらに働き
笑顔で子どもを保育園に迎えに行く自信が全くありません。

 

近場に転職も考えましたが、2人目の妊娠も考えると踏み出せません。

【生活のため】と割り切って
今の職場に復帰するしか方法はないのかな?

何か別の方法はないのかと模索し続けました。

そしてパソコン一台で正社員以上に稼いでいる人たちの存在を知り、
勢いでスタートさせたのです。

 

ネットビジネスをスタートして気づいたこと

職場でどれだけがんばっても報われないことに気づいて
自分探しをしていたとき、ずっと考えていたことは
こんな自分でも輝ける場所ってどこだろう?ってことでした。

それがまさかインターネットの世界にあるなんて思いもしませんでした。

 

ブサイクで低学歴な自分は、所詮こんなもの。
そこそこの人だってみんな我慢しながら生きてるんだし、
我慢するのも仕事のうちって思ってました。

でもそんなことはありませんでした。

我慢しなくたって、ワガママ言いたい放題でも
豊かな生活をしている人はいたんです。

 

私が知っていた世界は、偏ったごくごく1部の世界で
視野を広げてみたら、世間一般の常識にとらわれない人生楽しんでいる人が大勢いました。

 

長年のコンプレックスを抱え、頑張ってきた仕事ですら
報われなかった私は、自信なんて失いかけていました。

そんな私でも、怪しい世界に一歩踏み出してみたら
こじらせ続けていた私の心が豊かになり、今ある幸せを感じ始め
稼ぐ力も自信も少しずつ身につけ始めました。

そして自分の成長を感じられてイキイキ楽しむ毎日を過ごしています。

 

私の目指す未来

私は、がんばって10年以上働いてきた職場で全く報われることはなく、
妊娠→解雇通告を受ける辛い経験をしました。

不安を抱える毎日でしたが、私はインターネットを使って
パソコン一台で働く方法を知り、実践を始めてから劇的に人生が変わりつつあります。

 

女性はライフステージの変化によって働けなくなることもありますが
自分で稼ぐ力を身につけ、インターネットが自分の代わりに
働いてくれる仕組みを作り上げることで可能性もあらゆる選択肢も広がります。

そして家族みんなの未来の選択肢も広がるんです。

 

ここまで切羽詰まった私が変化していることは
もしかしたら誰かの希望となり、勇気となって
誰かの背中を後押しすることができるのではないかと思い、
自分のストーリーを思いきって公開することに決めました。

 

私がインターネットの世界でたった1つの希望のカケラを見つけたように
このストーリーを見てくださった方にとっても
明るい未来のきっかけとなれば嬉しいです。

 

改めて伝えたいこと

私は仕事のことで散々悩んできたのですが、コンプレックスで悩むことも多い人生で
あらゆる自己啓発セミナーに行ったり、散々本も読みました。

そのときはもう大丈夫!と思っても、またすぐコンプレックスというヤツは蘇ります。

自分を変えようと思っても、なかなか難しいです。

私のように自分探しに出かけても、お金も時間も消費した上
本当に見つかる保証などありません。

正直、諦めてました。
この先生きていく以上コンプレックスはずっと付きまとう。
それは仕方のないことだと思ってました。

 

でも違いました。

美容整形したり、セミナーに行きまくったり
本を読み漁ったり、カウンセリングを受けたりしなくても

コンプレックスを味方にして
力に変える方法があることを知りました。

 

そう思わせてくれたのがインターネットを使ったお仕事です。 

自分が経験した嫌なこと辛いことが
誰かの背中をそっと後押しできて
お役に立てるそんなお仕事だと実際にやってみるまで気づきませんでした。

 

また、女性はライフステージで考え方も働き方も変わってきます。

どんなステージになったとしても、
インターネットが自分の代わりに働いてくれる
資産ほど心強いものはありません。

 

そしてお金より大切なものはお金で守ることができるのです。
大切な人を守り、望みを叶えることができます。

 

数あるブログからたどり着いて
ここまでプロフィールを熱心に読んでくださった方は
きっとご縁があると思います(笑)

インターネットを使った働き方を一緒に始めてみませんか?

 

詳細はメルマガでお伝えしていますので
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